2011年3月より、農林水産大臣賞受賞を記念して、徳島阿波おどり空港の当社看板をリニューアルいたしました。会長林が笑顔で空港にいらっしゃる皆さまをお迎えいたします。

生産から加工まで
すべての過程に全力を注いで

生産者と消費地の声に耳を澄まして

レンコンの一大産地、徳島で

 現在、レンコン加工品で国内トップシェア45%とトップをいただいているマルハ物産。生産者と消費者の間に立って考えるという発想は、現社長である林香与子が高校生ながらも父を手伝い、学んだ40数年前にさかのぼります。
 創業者である林の父、林高夫は、レンコンの一大生産地である徳島へ移り、規格外のため市場に出荷できないレンコンを加工する仕事に取り組みはじめました。レンコン加工品を最初に商品として市場に出したのも先代社長。営業先からは「わざわざレンコンのために来てくれてありがとう」と感謝されることも多々ありました。売るのなら一番手の商品をとの強い想いは、この時生まれたのです。

生産者と消費者とを結ぶ役目

 以来、消費地に飛び込み、そこで把握した需要を製造現場へフィードバックしてきたマルハ物産。たとえば関西ではレンコンの見た目より価格が重視されますが、関東ではできるだけ色の白い方が喜ばれます。ですから関東向けなら加工品の際に漂白してきちんと色を白くするなど工夫を重ねました。また、冬場の輸送ではレンコンの水分が凍結してしまう北海道へは、輸送時期を限定して対応するなどの工夫を重るなど、どの市場に商品を出すのか、研究しました。そしてやがて、生産者と消費者とを結ぶ役目がマルハ物産のもっとも得意とするところとなってきたのです。

商社から食品メーカーまでが顧客

 1970年大阪万国博覧会の頃から、弁当や総菜向けレンコン加工品需要が大きく伸張。収穫したレンコンをいかに長く使うかという課題に取り組み、78年には中国産のレンコンを現地で大きさをそろえ、塩蔵して輸入するという方法を考案。さらに1994年、中国との合弁会社を稼働させ、原料生産だけでなく、加工まで中国で行うようになったマルハ物産。これにより原料ならびに加工品の安定した大量調達を実現し、商社から食品メーカーまで幅広いお客様を対象に商品を納入することが可能となりました。顧客のニーズにあった商品を確実かつ迅速に提供していくこと。それは私たちがこの40年間で身につけたノウハウそのものです。

中国への進出

1978年、単身中国に乗り込む

 1970年の大阪万博の開催を契機に日本経済は急速に好転、外食産業や弁当市場の拡大に伴い、レンコンの需要も伸張を続けました。これら新興市場向けに業務用レンコンの加工を手がけた戦略が功を奏したのです。増え続ける需要に応えるため、茨城産や佐賀産のレンコンも使うようになりましたが、国内でいくら調達先を増やしても台風などで不作に陥り、顧客に商品を安定供給できなくなることも。その解決策として林香与子が目を向けたのが、台湾やフィリピンなどのアジアでした。自らの目と舌でレンコンの穴の数から肉質、水質まで確認して回り、悪天候でも満足できる量を確保できる産地として、最終的に残ったのが中国だったのです。折しも日中平和友好条約が締結された1978年、弊社は日本で初めての中国産レンコンを輸入した会社となりました。

生死をさまよった中国開拓

 しかし、先駆者としてぶつかるさまざまな壁は、想像をはるかに超えるものでした。当時は大手商社ですら中国進出に消極的で、知り合った華僑を頼りに林自身で取引先を探すほかありませんでした。何度も中国に渡り、湖北省、浙江省、広東省、福建省などをレンコンを求めて歩いたのです。現在は世界最大のレンコン産地である江蘇省に工場を構え輸入していますが、そこにたどり着いたのは84年です。
 夜になれば気温0度を下回り、毛皮を着ても凍死しそうな寒さの中、暖を取った練炭で一酸化炭素中毒になりかける、さらには刃物を突きつけられてカネを要求され、命からがら逃げたことも…。「カネも捨て、時間も捨て、命もかけた」という林の言葉には、女性ひとりで中国に乗り込んで渡り合った者だけがもつ真実の迫力があります。こうして肌身で経験してきたことが、有形無形の財産となって現在のマルハを形づくっているといえましょう。

激変する中国で次の一手

 江蘇省での取引が始まってからも、年に数回は現地を訪れて自分の目で品質を確かめ、品質改善にも努めていきました。
栽培技術を教え、粗加工の協力工場を作らせるなどして、1994年ついに江蘇省内に、レンコンを中心にニンジン、ゴボウを加工する合弁会社「江蘇得宝食品有限公司」を設立。10年後の2003年には100%子会社化を実現しました。
 現在、中国国内は急速な成長過程にあり環境が激変しています。沿岸部は経済の発展で工業化が進み、合弁会社の近くも新幹線が通るようになりました。工業団地の建設がいつ始まるかわかりません。農地は徐々に内陸へ追いやられていますが、レンコン畑も同様で、内陸に入り新たな栽培地を見つけて取引できるところを探さなければなりません。しかし、インフラ整備がまだ遅れている内陸部では長時間輸送の場合、傷がついたり腐ったりのリスクを負うことも考えられます。日本は品質の高さを問いますから、これでは商品になりません。また、もともと中国ではレンコンの澱粉を健康食品として加工し、欧州、米国に輸出しています。日本国内へは保存性から水煮、塩蔵、冷凍等が中心になりますが、もっと高価な商材向けの取引に切り替える可能性もあるでしょう。日本への安定供給がはかりながら、アジアの新たな産地から良いものを選んで供給したいと考えています。

中国向けの変革のタイミングを捉える

 13億人の胃袋を求めて、中国大陸へ向かう企業はここ数年、後を絶ちません。一方で、安心・安全の時代の要請に合わせ、また中国市場の突発的な問題に対してのリスクヘッジの意味で中国進出を諦める、または日本人に友好的といわれるインド、ベトナムに拠点をシフトする動きもあります。さらに国内産原料の確保に動いている企業も多い。マルハ物産のレンコンの扱い量のほぼ75%が中国産ですが、魅力的な市場である中国は、ここでどのようにシェアを獲得できるかでマルハ物産の未来は変わるでしょう。
 2005年、弊社社長の林香与子は、江蘇得宝食品有限公司の長年の実績を認められて中国江蘇省宝応縣より同縣民栄誉賞を受賞しました。塩蔵、水煮各種合わせて年間6000-7000tの原料を処理する工場として順調な稼動が続いている現在、視線はすでに次の段階へと向かっています。中国は今現在農業改革をやっていますが、中国の農産物市場の変化をみても今後レンコンの栽培量は今より増えませんし、安くならないでしょう。数年前は弊社も日本向けの量の確保(安定供給)のために中国に向かいました。しかし、今後は中国国内に向けても注力してまいります。

加工食品の開発を加速

世界へレンコンのおいしさを

 レンコン加工品の国内シェアトップをいただくまでになったマルハ物産は、現在も消費地の声に耳を澄まします。最近ではフランスの日本食料理店向けにレンコンをはじめとした日本の食材を輸出していますが、そのために何度もパリを訪れ、その地の特質を研究します。それは「作る側の都合が優先された時代は30年前に終わり、主導権は消費者にある」と私たちが確信しているからにほかなりません。

消費者に訴える加工品

 生き方やエコなライフスタイルが大事にされる時代。消費者へ訴えていくこと。これもまたメーカーの責任ではないかとも私たちは考えています。私たちが今気になっていること。それは加工品の使われ方です。弁当などでは決まったサイズにするため皮とその周辺を大きく切り取って廃棄物にしています。ですが、本当においしいのは皮のすぐそばの部分。農家が汗水流して収穫した食材をもっと大切にしなくてはとの思いもあります。最近世に出した一般消費者向けサツマイモの加工品は、あえて皮をつけたままにしました。購入した方からは『素朴でいい」という感想も聞こえてきました。


 小売り用の酢レンコンから始まったマルハ物産は、現在、筍や根菜類などの業務用水煮や漬物など多様な商品群を展開しています。また、市販用商品の開発も進めており、昨年販売を開始しました「徳島産れんこんパウダー」につきましては、昨今の健康志向の高まりにより、お客様から高いご評価をいただいております。レンコンで培った野菜の加工技術は、今、マルハ物産の大きな宝。私たちは自分や家族が喜んで食べられるものを常に市場に供給するという目標を、これからも追い求めてまいります。

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れんこんを調べる

知れば知るほど、れんこんって面白い!我が社のれん子ちゃんといっしょに、れんこんワールドをお楽しみください。


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れんこんを食べる

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徳島の名産品である「れんこん」と「鳴門金時」を使って、本格派のご当地カレーを作りました!

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